カテゴリー: 考えたこと

  • 授業動画は生徒にとってメリットとデメリット,どちらが大きいのか?

    授業動画は生徒にとってメリットとデメリット,どちらが大きいのか?

    生徒にとって授業動画があることは,

    学習をする上でメリットなのか,デメリットなのか。とても気になるところです。

    動画をせっかっく作っているのですから,生徒にメリットがなければ意味がありません。

    生徒にとってのメリットとデメリットどちらが大きいのか考えました。

     

    はっきり言って授業の準備とは比べ物にならない苦労があります。

    「あの動画程度でそんなに苦労するの?」

    とお思いになる人もいるでしょうけど,私にはとても大変です。

    そういう意味では私にはデメリットが大きいのかもしれません。

    しかし,生徒にとってメリットがあるのなら作ります。

    ・・・作ろうかなと思えます。

     

    ちなみに,サッと思いつく予想として

    メリットは「繰り返し見られる」,

    デメリット「動画の視聴に時間がかかる」でしょうか。

    ほかのデメリットとしては,

    スマホで動画を観てしまうと,ほかの操作をするきっかけになる気もします。

    今後も検討します。

     

    今日は私の教科の期末考査がありました。

    生徒はどの程度できたでしょうか。

    前回,平均点が高かったので,今回は前回より難易度を上げました。

    大体平均点60点より少し高くなるくらいに設定して作成しています。

    さて,どんな結果となるでしょうか。

     

    あと,問題用紙にQRコードを付けておきました。

    試験後にあるアンケートに回答してもらうものです。

    その結果についてもまたここに書きますね。

  • テストの平均点は,実は「授業動画」で変化する?

    明日,私の作った「情報の科学」の試験があります。

    ただ,平均点がどうなるのか,少し気になっています。

    なぜなら,前回の中間考査がやけに高かったのです。

    その平均点がやけに高かったのは「授業動画」の視聴が関連している。

    そう私は推測しています。

     

    中間考査を少し前に実施しました。

    その時の平均点がとても高く,85点くらいでした。

    授業をした教員としては嬉しいことです。

    生徒たちが頑張ってくれた証拠ですから。

     

    ただ実は,私としては70点程度になることを予想しながら作りました。

    しかし,このような点数となりました。

    確かに,平均70点ですから甘めに作成したのですが,びっくりです。

     

    私は,テストを作成すると,平均点の予想はほぼ当たるのです。

    自分の所属ではまだ2年目ですから,予想が甘いのかもしれません。

    しかし,こんなに外すとは思いませんでした。

     

    同じ学校なのですから,去年度と学力が全然違うということはないでしょう。

    では,何が違うのか,いろいろ考えました。

    その結果,「授業の動画」をたくさん作ったのが影響をしているのではないかと考えました。

     

    ある生徒の話では,

    「情報の試験対策の方法がわからないから,とにかく動画を繰り返し視聴した。」

    と言っていました。

    ちなみに,その生徒の得点はほぼ満点です。

     

    すべての生徒に当てはまるかわかりません。

    しかし,動画で授業を繰り返し視聴できるように,こちらが準備することは

    中間考査の平均点からも,生徒にとって良いことなのかもしれません。

     

    授業を1回受けるのと,

    動画で授業を繰り返し視聴ができるのとでは,

    それは後者がいいに決まっています。

    では,授業を1回受けて,その後自分なりに学習をするのと,

    その授業を繰り返し視聴するのとでは,

    どちらが「勉強」として効果的なのでしょう。

     

    条件によって違いますよ,と多くの方がおっしゃるでしょうし,それはわかるのです。

    ただ,授業を各教室でするという「学校の仕組み」について考えてしまう出来事でした。

    それはまた今度話します。

     

    明日の考査試験も生徒は頑張ってくれる,そう思っています。

     

  • 授業動画の作成「メディアの発達」

    授業動画を作成しました。

    内容は見ていただければよいのですが,動画のつくりをがらりと変えました。

    私を大きめに映し,授業のような雰囲気にしました。

    また,動画は細切れで撮らず,一気に撮影をします。

    間違えると最初から撮り直しなので,なかなか緊張感があります。

    私は去年のコロナウィルスによる休校があった頃から動画を作り始めました。

    私はこの分野は(も)疎いので,かなり試行錯誤をしております。

    ただ,生徒たちにとって一番良い教材とは何だろう,といつも考えます。

    まだどれが多くの生徒にとっての正解かもわかりません。

    しかし,やってみると疎い私なりに色々とわかることもあります。

    動画のクオリティ大切ですが,授業内容はどうでしょうか?

    私にとっては定番となった,新聞のメディアリテラシーです。

    新聞って見比べると本当に面白いですよね。

    今風にやるやるなら,有名ニュースサイトの比較でも面白いかもしれません。

    動画に関しても,内容に関してもご感想もおきかせいただけると嬉しいです。

  • iPad と YouTube でアウトプット

    最近、アウトプットを続けています。

    確かにブログはあまり更新していません。

    ただ、自分のノートはにとてもたくさん書いています。

    正確には、自分のiPadに書いていますね。

     

    少し前のことですが、私は iPad mini を購入したのです。

    iPadの手書き機能のレベル(の進化)を試してみようと思ったのが購入のきっかけです。

     

    私はもう20年以上手書き手帳を使っています。

    特に、1日1ページたっぷり書けるほぼ日手帳を15年以上利用してきました。

    この手帳に勝てる手帳はないと思っておりました。

    しかし、最近、iPadの手書き機能はすごい、ということも聞きました。

    だから、自分で試したくなったのです。

    そしたらすごかったのです。

     

    iPadが手書き手帳のヘビーユーザー(?)の私が満足できるレベルに成長しているのか、と確かめるような気分でした。

    それは、以前購入した初代iPadとiPad2は、手書き手帳とは比べられるレベルなかったと思ったからです。

    よって、最近まで私にとってiPadは手書き手帳の代替とはならないという評価でした。

     

    しかし、最近のiPadは全然違いました。

    手書き手帳以上の便利さです。

    いつかその辺につていも語りたいですが、今回は割愛します。

    とにかく私はどんどんとiPadで手書き手帳のようにアウトプットを始めました。

     

    本当にとても便利に、iPadで手帳を作っていきました。

    Webからの引用がしやすかったり、写真を簡単に貼れたりと、本当に便利です。

     

    私は自分の気持ちをどんどんと記述をすることで、随分と気の持ちようが変わることを知っています。

    いつか私の書いたメモを使って、ここに記述できればと思いますが、まだそこまでのレベルにありません。

    ちなみにノートアプリはGoodnoteというものを使っています。

    とても便利です。

    このアプリの使い方もいつかここで書けたらいいなと思っております。

    とにかく手書きのアウトプットを続けています。

     

    また、最近はYouTubeで授業動画を配信しています。

    これもアウトプットですね。

    動画を作ることとの難しさを感じるとともに、YouTuberってすごいな、と改めて思います。

     

    とにかくアウトプット続けています。

    皆さんもどんどんアウトプットしていきましょう。

    何か変わりますよ。

  • 2020年を振り返って

    このブログ部分をしばらく更新しておりませんでした。

    面倒なのもありますが,いろいろとうまくできていない自分を振り返るのが嫌であったのだと思います。

     

    ただ,最近,樺沢紫苑著「アウトプット大全」を読んでから少し考え方が変わりました。

    この著書を一言でいえば「アウトプットしなさい!」ということなのです。

    私は確かに最近アウトプットが少ないと感じました。

    「なんでもいいからアウトプットしてみよう。」

    そう思って,久々にブログを書いている次第です。

     

    もともと,このブログはほかの方に読んでもらうというより,自分のための備忘録のような役割です。

    だから,自分(だけ)のために,2020年度を少し振り返ってみたいと思います。

     

    本年度から,私は調布市にある東京都立神代高等学校の所属になりました。

    6年間お世話になった足立区の都立江北高校から異動しました。

    東京都でいえば東部地区から西部地区への異動となります。

    まさしく東へ西へですね(笑)

     

    私は1学年の担任を仰せつかりました。

    学年担当でありたいと思っていた私にとっては大変うれしい人事です。

    ただコロナの影響で,入学式も学級開きのイベントも,行事も何もありませんでした。

    なんとも寂しいスタートだったわけです。

    異動したばかりで右も左もわからない状況でしたが,それに輪をかけてこの状況ではつらいものがありました。

    新入生やその保護者の方々はさらにそう思っていたでしょうね。

     

    ただ,神代高校は上司も同僚の先生方も優しい雰囲気の方が多く,生徒もそのような子が多い学校です。

    なんといいますか,ふんわりとした雰囲気といいますかね,それにかなり救われたと思います。

     

    そして,6月からようやく私の担当の授業が始まりました。

    他の学校と同じく少人数の分散登校からのスタートでした。

     

    私はとても焦っていました。

    時間はあったはずです。もっといろいろな準備ができたはずです。

    ただ,焦るばかりで,以前のようには動けなくなっていたように思えます。

     

    なんとも情けない話です。

    ただ,このあまりの状況に私は以前のように動けなくなりました。

    以前の私であれば「この状況を何とかしてやろう」そんな風に思って動いていたと思います。

    でも,なんででしょうか,以前に比べてうまく動けなくなったのです。

     

    もちろん,私も社会人経験が長くなりましたし,表面上にはそのようなものを出さないふりはできていたと思います。

    仕事も手を抜くようなことは一切していないつもりです。

    また,ずっと落ち込んでいたわけではありません。波もあるのです。

    例えば,生徒たちが頑張る姿をみて,元気をもらえることもいっぱいありました。

    または落ち込んでいる生徒の話を聞いて,何とかしてあげたいと動いたこともあります。

    そんな時はテンションが上がっていたと思います。

    生徒たちから元気はもらえるものです。

    ただ,全体的に,以前と比較するとテキパキさが落ちているように思えました。

     

    それは仕事だけではありません。

    自分の研究も,プライベートも,何もかもが,なんというかテキパキと動けなくなったような気がします。

    「お前はそんなにテキパキとできる人間じゃないだろう」と私を知っている方に,お叱りを受けてしまうかもしれませんが,以前よりも一層できなくなったような気がします。

    実は私は見た目よりも,けっこう熱があって暑苦しいタイプなのです。

    しかし,それが冷めて(醒めて?)しまったようなところが多くありました。

     

    楽しい人も企画も私から離れていくのを感じました。

    何ででしょうね。私がそんな冷めた雰囲気を出してしまっていたのでしょうか。

    そんな負のループの中におりました。

    私自身がコロナウィルスにかかったわけではないのですけれど,ある意味コロナに大きな影響を受けたのだと思います。

     

     

    ようやく最近は少しずつ前のように動けるようになりました。

    考え方を変えたのです。

    「もう,この状況なのだから仕方ない。この状況だからこそできることをしていこう。」

    そんな考え方です。

     

    多くの著名な人たちが,そのように考え方をシフトしなさいと,世間に向けておっしゃっておりますね。

    ただ,人によっては,私のようにその切り替えが遅い人も,もしくは今でもできていない人もいらっしゃると思います。

    でも,それは仕方がないことです。

    人によって,その切り替えが容易な人もとても難しい人もいるのです。

     

    ただ,もし,私のような人がいたとしたならば,

    または,少し前の自分にアドバイスをできたとしたならば,

    「この現状は自分ではどうすることもできない。だからそれは諦めよう。それよりも,自分がやれることをやればいいではないか。この現状で,できることだけをやろうよ。」とね。

    私は,そう言いたいです。

     

    私は今,自分がやれることをやります。

    コロナのこの状況が収まることを願ってはいますが,残念ながら今後も長引くかもしれません。

    だからこそ,私ができることをします。

     

    そして,文頭の話に戻るのですが・・・

    私が今やるべきことは,アウトプットだと思います。

     

    だから,今は授業の動画もどんどん作っていきます。

    今までたまってしまった文章もどんどん書きます,外に出します。

    動画や文章など,外に出しさえすれば,少なくとも生徒はそれを受け取れるはずだと思うからです。

     

    とにかく,今はどんどんアウトプットするぞ,そんな気持ちです。

    やっぱり私は生徒たちがかわいいです。

    生徒たちのために,今,私ができることをしていきたいです。

     

    今まで止まってしまったからこそ,どんどんアウトプットしていきます!

    2021年をそんな気持ちでスタートしていきます!!

    今年もよろしくお願いします!!!

     

     

  • スマホの時間 わたしは何を失うか

    今日は少しひどい風邪をひいてしまいました。

    それで病院に行ったのですが、下にあるポスターが貼ってあり、しばらく眺めていました。

    そして思わず写真に撮りました。

     

     

    もちろん、このポスターの内容をすべて鵜呑みにすることもありません。

    スマホを触るからと言って、これらがすべてそうなるとは言えません。

     

    しかし、確かに失ったものは多くあるように思えます。

     

    iPhoneであればスクリーンタイムで利用時間を確認できますが、なかなかの時間経過を確認できると思います。

    スマホは本、テレビ、画材、ラジカセ(死語ですね)、カメラ、手帳等々数えたらきりがないほど、他の品物の役割を担えます。

    よって、時間が伸びることは当然でしょう。

     

    しかし、あまりに利便性があり携帯性があるからこそ、依存につながることは否めません。

    一つにまとまっているからこそ、マルチタスクになりすぎて一つに集中できない、

    逆に面白い刺激の強いものに引っ張られて、本来やるべきことができない。

     

    そんなことが起きてしまうのがスマホの凄さと怖さだと思います。

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